にんげんです。
年度末で何かと慌ただしくしており、投稿をお休みをしてしまって、すみませんでした。
私の得意技、後回しにする技術が炸裂してしまい、結果、私の部屋はご覧の状況です。
心の乱れが、見事に部屋に現れていますね!
皆さんの「キャットが可哀想」「キャットに謝れ」の声、届いていますよ。
そういえば、ジョイが先日この部屋の話をしてましたね。
部屋の紹介をしていて、「あとはゴミです」という言葉がありました。
まさにその通り!さすがはジョイです。
この汚部屋でシンプリスト?
さて、少しこの部屋についてお話しするとしましょう。
この部屋は大体10畳くらいの広さで、元々は私の祖父が陶芸のアトリエとして使っていた離れの部屋になります。
右手のドアを開けるとすぐに外に出ることができます。
正面の大きな作業机は、母校の中学校が廃校になった際に引き取ったもので、元は家庭科室にありました。
机に長さのメモリがついていて何かと便利なのですが、現在は主に、キャットたちの日向ぼっこに活用しています。
左にちらっと見えているのは、もともと陶芸作品を並べるために備え付けていた棚になるます。
ガラス戸がついている棚の中には主にキャット関連のものが入っています。
上の台は、ヒダリの運動に一役かっています。
あの写真をご覧いただいた後にこのようなことを言うのは大変憚られるのですが、私は自分のことを「シンプリスト」、「ミニマリスト」、と周囲に言いふらしています・・・!!
はい、現行犯逮捕!
いえいえ、今回はこの部屋のビフォーアフターをご覧いただく主旨になっています。
やはり、環境は大事。
人間にとっても、キャットにとっても、心地のいい環境を保たなければなりません。
私は、心が荒むと部屋がすぐに散らかります。
至って普通のことです。この記事をご覧のあなたも、もしかすると同じかもしれませんね。
それでは、まず初めに、私がこのような思考(偽?シンプリスト)に行き着いた理由からお話ししようと思います。
キャットが多い部屋は散らかる
私の部屋には一番多い時で5匹のキャットがいました。(ダイチは現在、エンジェルキャットなので実際は4匹です)
キャットが5匹もいると、1日だけでも結構部屋が散らかります。
キャットの毛や爪、トイレの砂、ご飯の食べかす、吐瀉物などが通常の5倍の量や速さで部屋を汚部屋にしていきます。
ちょい起きしていた小さいものは、キャットたちの遊び道具になって、いつの間にか部屋のどこかに消えてしまいます。
どちらかといえば、もともとマキシマリストだった私は、ある2つの出来事によりシンプリスト・ミニマリスト思考になっていきました。
豪雨災害による避難
私はド・田舎に暮らしています。
家のそばには川が流れ、四方、山に囲まれています。
猿や猪、鹿、鳶など、家の中も外も生き物がいっぱいです。
素敵な環境ながら、私の家は町が指定する「土砂災害警戒区域」にあります。
我が家では「旅行」と銘打った避難を年に数回しています。
大型の台風の予定進路に入った時や、線状降水帯がかかりそうな時は、自宅から50キロ離れた母の実家へ大移動です。
我が家は、紹介しているキャット以外にも動物がいるので、避難の準備にとても時間がかかるので、まだ何も起きていなくても早めに避難を始めます。
私の人生で初めての非難を経験した時に、感じたことがあります。
「命以外、必要なものはない」です。
近年では、特に災害を経験された方が多くいらっしゃると思います。
地震であったり、豪雨であったり。
私の場合は、ゲリラ豪雨で、自宅から10キロと離れてないところではなんともなかったのに、自宅まであと数百メートルというところで、土砂崩れや土石流で先に進めないという経験をしました。
「転んだら、、、死ぬ!」という恐怖を感じながら、大急ぎで車を降り走って自宅へ向かいました。
自宅にいた母はかなり混乱していて、2人で大急ぎで避難の支度をしました。
近所で避難場所になっているコミュニティハウスに向かっている途中、そのすぐそばの山が崩れ、倒木で電線が切れて火花が上がり、生きた心地のしないまま慌てて走って自宅へ戻りました。
自分たちではどこにも行くことができなくなり、地元の消防団が来るのを待ち、その後避難しました。
その時、私が慌てて用意して持ち出したのは、キャット、犬、ご飯とキャットのトイレ、リード、通帳と印鑑、動きやすく透けにくい服。
通勤カバンも持って出たと思いますが、通帳印鑑も、嵩張らないしまぁ持っていくか、くらいの感覚で避難したように思います。
この体験を経て、自分の持ち物に対する考え方が一気に変わりました。
断活で部屋をきれいにするわよ
キャットたちは、最近は体調が安定していますが、それぞれが病気と共に生きています。
これまでに、何度も何度も、もうダメかと思うくらいに体調が悪化しては落ち着き、を繰り返してきました。
私はメンタルが強くないので、その度にガックリきて、何も手につかなくなったり、自分も体調を崩したりすることがよくあります。
この子のために、できることは何でもしよう。
いくらかかっても、少しでも楽になるなら病院に行こう。
少しでも効果があるなら何でも試してみよう。
ダイチの最期を看取った時、自分ができることはやり尽くした、ダイチも最期の最期まで頑張った、という清々しさを感じました。
ダイチとのお別れをすっと受け入れることができ、寂しくも笑って送ることができたのは、このやり切った感があったからです。
ダイチについてはまたいつか書きますが、今回触れる「できること」は「断捨離」です。
病気のキャットに対して、医者ではない私ができることは、
- お金を稼いで病院で然るべき医療を受けさせること
- 適した食事を与えること
- キャットにとって良い環境を整えること
この3つだと思いました。
特に、3の環境を整えることは私にしかできないことです。
清潔な環境にするために、使っていないものをとにかく捨てました。
カビが生えていたり、埃が溜まっている状態は、衛生的によくありません。
特に布と紙は減らしました。カーテンも取り外したし、服も捨てました。
本は図書館が私の本棚、と思って寄贈しまくりました。
収納家具も捨てました。
入れるものがなくなったら捨てられました。
家具はなるべくキャスター付きのものにし、お掃除ロボットが下を潜れるものを配置しました。
ものを減らすと、掃除がしやすくなり、気持ちもスッキリして、一石二鳥。
しばらく経つと、また散らかってきますが、キャットの体調が悪くなった時、再び私の断捨離活動が進みます。
たまたまかもしれませんが、物を手放し、掃除をすると、キャットの体調が安定します。
実際に、病気をしながらも元気でいてくれているので、断活も掃除もなかなか侮れません。
しかし、上記の写真のような状態では、また体調を悪くしかねません。
そもそもこの散らかりは私のメンタルが反映されているので、早めになんとかしなければなりません。
本気の断活。
今日は、思い切って何年も手放せずにいた大物を手放しました。
それは、自分が8年着てきたアウターと、ダイチが最期の瞬間まで寝ていたキャット用ベッドと、その上に敷いていたマフラーです。
ずっと、部屋の隅にダイチの写真とご飯の器と一緒に置いていました。
ダイチがエンジェルキャットになって5年が経ち、流石に埃だらけで、しかもベッドの下にカビの生えたご飯を見つけてしまいました。
ずっと迷っていましたが、今朝決心して手放しました。
これまた、自分の気に入って捨てられずにいたアウターの中にベッドを入れ、それを抱き抱えるような状態にして手放しました。
私は、手放す罪悪感がある時は、同じく、自分の大事だったものをお供にするのが流儀になっています。
辛いものを手放すと、他のものがあっさり手放せるようになるので、ここで一気に断活が進みます。
今の自分に必要なものは何か。
また買い戻したいくらい大事なものは何か。
自分の好きなもの、大事なものだけに囲まれる空間は、とても過ごしやすい空間になっていると思います。
私にとっては、キャットがいる空間が何より大切です。
彼らの住み良い環境こそ、私の理想の環境。
とりあえず、シンプリストと言ってもいいくらいの状態にはなってきたので、今日はここまで。
にんげん